Vinum et musica laetificant cor.

「ワインと音楽は心を喜ばせる」―ラテン語の格言より。

雑感

買っちゃいました

ご無沙汰しております。気がつけば2月。嗚呼、2月。livedoorに全然ログインしていなかったお陰で、若干アカウントとパスワードを考えてしまいました。情けなし。

さて、買っちゃいましたよ、ついに。そう、前々から実は狙っていたランニングシューズ!(特にブランドにこだわりがあったわけではない。)今日の午前中は買い物をするぞと決めていたのですが、他の靴を買っていてふと目に入り、セールということも手伝って、購入。展示品ということで防水スプレーもおまけでいただき、そんなに高くなくてよかったです。

ということで、走ってきました。

軽い!忘れもしない筑波大のジョグ&ウォークを担当されていた鍋倉先生が「ランニングが苦痛になる原因の大半は靴」(意味はこんな感じだったはず)と仰っていたのを思い出しつつ、走りやすくてスイスイ夜の台場を走ってきました。今まではいわゆる運動靴(これもそんなに重いわけではない)で走っていたのですが、断然こちらの方が足が楽。

良い買い物でありました。

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明日は大学時代の先輩の結婚パーティー。いやぁめでたいことです。

新春ドキュメンタリー

年が明けて、テレビでは「新春~」というフレーズが並んでいたのだけれど、その中で紅一点(あくまで自分が見た範囲での話)だったのが、NHKで放映されていた詩人まど・みちおさんのドキュメンタリー。言葉に大変敏感で、一言ひと言を正しく選んで話をされている様子が、さすが詩人とはこういうものかと見る気がしました。

まど・みちおさんと言えば、国語の教科書にも多く載っていたように記憶しているけれど、例えば童謡の作詞(ぞうさん、やぎさんゆうびん等。作曲はどちらも團伊玖磨さん)もあり、ああこの歌もそうだったかと改めて思い、自分の詩が今の子供たちにも歌われているのはどんなに良いことだろうと考えをめぐらせておりました。

もう一つ気づいたことは、日本語の表記の中でも「ひらがな」「カタカナ」「漢字」それぞれの見た目に現れる感覚的な美意識のようなものが、詩の中に的確に出ているということ。青二才の自分が的確になどと言うのは僭越ではあるけれど、そこにはそこにしかない=それ以外では異質な表記であって、それがまた魅力を増しているように感じました。

久々に見たよいドキュメンタリーでした。

謹賀新年

明けましておめでとうございます。2010年、すでに2000年問題が騒がれてから10年も経ってしまった。これこそまさに光陰矢のごとし。

今年は変化の年。きっと多くのエネルギーがいるし苦労することも、また新しい楽しいこともあるだろうけれど、とにかく力を蓄えてどんな状況でも対応していくことが求められるに違いない。おみくじは小吉であったけれど、それは「努力せよ」と理解して、精進しようと思います。《人生に必要なのは努力》、大学の恩師の言葉より。

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ちょっとしたアンケートの中に、お薦めの一冊があるのだけれど、この項目に悩んでいます。どれもこれも色々な面でおもしろいし、その中で一冊を決めるのはなかなか難しい。ただ、そういえばあまり日本の古典は読んでいないなぁと今更ながらに思う。せっかく先日読んだ本も興味深かったし、三島由紀夫の幅を広げてみようか。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

へったくそ

前に「しゃべりすぎ」という日記を書いたけれども、ともかく自分は①その場で即座に考え、②筋道を立てて順序よく、③相手に話すのが下手というのを実感…。下手、というよりも「へったくそ」なレベルであって、そうした一連の流れのベースになる《論理的に考える》ことがいまだに貧しいのだと思う。否、確実に貧しい。その財が少ない。

残念ながら自分自身、周りからの影響を受けやすい性格なので、例えば普段持っているような本に出てくる「文章」にはかなり影響を受けている。したがって(かどうかは定かでないけれども)、小説を読んでいると言葉遣いが抽象的になってきているのが自分でも感じるし、もっと脳ミソのしわを増やすようなことをしなければならない。

上の文章でさえ、今読んでいる本に影響を受けていることは間違いない。

最近はとにかくこの「へったくそ」な自分に嫌悪感(に近いもの)を抱くようになってきて、どうにかこうにかもがいているような状況である。少しじっくり腰を据えてこうしたことを考えられるのも正直今の間だけだろうし、何とか来年への先鞭をつけたいもの。

クリスマスなので

今日は昼から来月の演奏会のための室内楽の練習。最初は曲の始めから終わりまでひたすら「???」だったのだけれど、とりあえずは流れがだいぶつかめてきて、一応の記録更新。でも本番までは実際1ヶ月もないし、まだまだ詰めなければいけません。もう少し整理できるとは思うんだけど…。

その後は、演奏会の幹事をして下さっている方のお宅でホームパーティーでした。いやはや、きちんと整理されている中であちこちがお洒落で、(家の中で楽器も弾けるし)楽しいお宅でした。クリスマスということで、オーブン焼きのチキンなども。とても贅沢な時間でした。本当にありがとうございました。

というわけで、来月の演奏会がんばります。

渋谷に夜はない

忘年会シーズン到来、ということで昨日は飲み会をハシゴでした。結局朝までコースという超・学生的な結果に…。こんなことできるのももう今のうちしかないね。

渋谷で飲んでいたのですが、いやはや、あの街は本当に夜がない。

駅の周りはいつまでも煌々としているし、お店(飲み会をしたところではなく)の中は、真昼のように明るい室内光が照らされているし。この街は本当に時間の感覚がなくなる、というのは大いに納得。それにしてもあそこで働いていた人たちは、一体いつ寝ているんだろう…。(逆に周りからは自分たちもそう見られている可能性は大なのですが)

始発の山手線に乗って一路家まで。ゆりかもめから一面に朝焼けが見えて、ようやく今は朝だと認識したのでした。結果、帰宅後に爆睡→昼にむっくり起き上がってあれこれ片付けと準備→買い物(銀座に寄ったらイベントしてた。誰だったんだろう…。)を経て学校、今に至ります。一念発起する出来事もあったことだし、さ、今からやらねば。

ネオンと省エネ

どこかの雑誌で、「日本の街は美しくない」というものを読んだことがある。なるほど、確かに建物の色も形も趣きもばらばらなものが多いし、逆に丸の内のようにある程度統一感のあるような街の景観は美しい。空間を広めに取り、道や広場から街が興った欧州に比べると、やはりそれは雑多なものであるし、ちょっと騒がしい。

個人的に感じるのはネオンの光の「うるささ」。光は確かに街を明るくするし、例えばオフィスや病院の室内など、薄暗い部屋よりも明るい部屋の方が何となく気分も晴れるような気がする(実際に気分が晴れるかどうかは、その時の自分がかかわっている物事次第でしょうが)。他方、ネオンの光は過度に明るすぎ、目に入る色が多すぎてくらくらする。

最近は池袋に行くことが間々あるのだけれども、ふとネオンサインが光るころになると、その騒がしさに少し閉口する。壁全体を覆う看板の光、道に突き出たネオンサイン、クリスマスのイルミネーションがくすんでしまうほどの明るさ。雑多な街の建物がより際立ってしまうところが、また困る。

先日の授業で、オイルピーク論とかEPR(一種の指標概念)などを聞いたのだけれど、これこれのネオンを削減すれば、だいぶ省エネできるのではなかろうか。こういう研究が行政区レベルでないものか、ちょっと探してみるのもまた楽しいかも。あぁ、でもそれよりも、再来週までのレポート題目+要旨を提出しなければ…。楽しみは、また後で。

しゃべりすぎ

最近何かと「しゃべりすぎ」である、と思う。

大学にいた頃、「大事なところでピンポイントに要点を示して、その場を持っていけるようなコメントをしたいんだけどなぁ」と友達に話したところ、―それって、おれが思う(私自身のの)イメージと真逆だよ、と言われました。(もちろん、否定的な意味ではなく)うーん、なるほど、そうだよねぇと考え込んだのを思い出しました。進歩がないではないか。

授業中に自分で質問をして、なぜその質問をするのか、その疑問をもったのはどういうきっかけだったかを理解してもらいたいがためにしゃべりすぎる。まだまだ頭の中で整理がきちんとできていない証拠なんだと思う。いかにクリティカルな質問だったとしても(たとえば、それが交渉事であったとして)、前置きによって要点がぼやけてしまう。いかん。

自分で自分のことを考えるのは、多かれ少なかれバイアスがかかると思うのだけれど、最近いわゆるエッセイを読むようになったのは、こういう契機に由来するような気がする。なるほど、こんな言葉があったか、こんなフレーズがあったか、と新発見が多くて面白い。すべてを含める言葉があったらどんなによいことか、とも思うけれど、おそらくそれは怠慢でしょうね。

チャリツアー

あぁ、すでに師走。というわけで本を買いに、自転車に乗って御茶ノ水まで。と思っていたら、結局秋葉原まで。

秋葉原の駅前の本屋の品揃えがなかなか良いのです。そして文庫本のカバーの色が選べるところも好きなのです。若干遠くまできたけれども、お目当ての本+αが買えて大満足。買いすぎ、という声はさておいて、まさか陸の孤島で4年間過ごした後に、天下の電気街・秋葉原を自転車で走るなんぞ、思いませんでした。

さて、自転車に乗って見る街の様子は、歩いている時とだいぶ違います。まずは視点が高い。そして早い(そりゃそうか)。歩いているときに見上げる建物は、自転車に乗ったところで見上げることに差はないものの、どこか違っていて新鮮でした。もちろん、ちゃんと走っているときは前を向いていますので、あしからず。

街はイルミネーションがきれい。秋葉原の場合は、電気街の看板が煌々と光っているので、あまり特別な感じはしないけれども、表参道などはきれいらしい。でも、ふと本郷への帰り道に、道沿いの小さい料理屋さんなどに目をやると、小さなクリスマスツリーがあったりや、窓に装飾が描いてあったり、やっぱり自分はさりげないきれいさがいいな、と思うのでした。

11月、クリスマス

今日は久々にオーケストラの演奏会へ(聴く方です)。友人が出演するということで、半年振りに池袋の芸劇に行ってきました。電車を降りるとそこはすっかりクリスマスの雰囲気。ハロウィンの飾りがなくなったら即座にクリスマスと、秋を愛でる日本人はどこへやらと思いつつも、駅の出口で友人と待ち合わせをして、おしゃべりしつつ会場に向かいましたとさ。(イベントをやっていて、芸劇の周りは穏やかな空気ではなかったけど)

さて、今回は弾いたことのある曲が一つ、聴いたことのある曲が一つ、初めて聴く曲が一つ。やっぱり弾いたことのある曲は、難しいところでは聴いている方も(勝手に)演奏しているような気分になって若干緊張し、バレエ音楽だった中プロは管楽器の上手さに心地よく聴き、メインではソリスト+合唱も入ったことで「人間の声はすごいなぁ」と第九以来の合唱の響きを楽しみ、大いに満足、幸せな時間を過ごしました。

そろそろ自分が出る方も気合入れてやらにゃー。

間違ってますよっ!

これは書かずにはいられない。

いつものようにコンビニに行ったわけです。コンビニの陳列とはなかなか考えられたもので、最新の雑誌が目の前に並び、色もカラフル、陳列棚は整理されておいてあります。が、今日はその話ではない。大事なのは、本日発売!のステッカーが付いた雑誌。

おそらく日本で一番有名なサラリーマン(もう社長なんだっけ?)がチェロを弾いている絵だったのですが、あああチェロなんか弾いてるわーと思って通り過ぎようとする…でもどこか変なのです。その人がチェロを弾いていようと、タキシードを着ていようと、そもそも表紙になっていようとそれはいいのですが、何かが変。


弾くところ間違ってるやん!


表紙をご覧になればすぐわかりますので、ぜひともお近くのコンビニか書店でご確認ください。それにしても、ああ、「のだめ」が流行したとは言うものの(いよいよ完結しちゃうみたいですが)、まだまだ日本の現代社会においてクラシック音楽(というか楽器?)のプレゼンスは低いんだなぁというのを実感してしまいました。

烟雨秋深暗白波

11月です!天高く馬肥ゆる秋。すでに「船の科学館」の駅から見える富士山は真っ白で、今年も富士山が見える季節になったんだなぁ=引っ越してもう一年経つんだなぁと思うのでした。更地が多いお台場が、どのくらい変わったかと言えば、実際は大したことはないのだけれど(不況でビルが建ちにくくなったこともあるけれど)、少しずつの変化を間近で見るのも、これまた「いとをかし」と感じるわけです。

先日は大学時代のゼミのOBOG会があり、先生や懐かしい先輩方、初めてじっくり顔を付き合わせる先輩とも話をし、とても幸せな時間を過ごさせていただきました。(幹事をしてくれた4年生、本当にありがとう!)自分自身、まだまだ夢の途中ではありますが、背中を押される部分、刺激を受ける部分、多くのものが吸収できて、改めて、よい人に囲まれて幸せだなぁと感じるのでした。

来週は、自分の無知を知りつつ、ちょっとしたフォーラムに行ってきます。学校の先生やTAの方に伝えたところ「しっかり勉強してきてください」ということなので、丸一日の長丁場ではありますが、がんばってこようと思います。普段は通り過ぎてしまう大手町を、久しぶりに歩いてきます。そのためにも勉強しなくては…ともかく!晴れますように。
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