Vinum et musica laetificant cor.

「ワインと音楽は心を喜ばせる」―ラテン語の格言より。

音楽

第九は素晴らしい

今日は友人が合唱指導をしていた「第九」の演奏会に行ってきました。

初めて訪れた新杉並公会堂。非常に開放感のあるホールで、響きもすっきりとしていてちょうどよく、なかなか良い場所でした。(と同時に、ノバホールもそろそろ全面的に改修する必要があるんじゃないかなぁとも感じてしまいました)

さて、プログラムは第九の初演当時のものと同じ、というこだわりよう。室内管なので、編成もいわゆる普通のオケよりも若干少なく、アンサンブル重視ということが伝わるもの。多少、安全圏に留まってしまったかな(最後はいいノリでした)という印象も受けましたが、これはまぁー学生オケを普段見ているせいなのかも知れません。ともかく、ソリスト、合唱、オーケストラともに素晴らしいものでした!

全体を通じて感じたのは、やっぱりね、「第九」はすごい曲っていうこと。編成が型破りなものであることは、もはや今は珍しいものではないんだけれど、その圧倒する音楽がすごい。第九のモチーフとなっている音の形が最初から最後まで貫かれていて(どこかの資料で読んだ気がするけれど)、だからこそ観客をいすに縛り付けて離さない。第5番「運命」に近い感触。

それでいて、運命にはない、あの第3楽章。天上の音楽というか、ヴァイオリン協奏曲の第2楽章のような、まったく違う世界の音楽。モチーフ自体はそのままなんだけれど、絶妙のバランス感覚というか、そこは何でこんな音楽が頭に浮かぶのか、頭の中に留まっていられるのか。どこかを変えようとしても、やっぱり変えることの出来ない曲だなぁ、と。

もちろんバッハの無伴奏などもいわゆる「完全性」を備えているとは思うんだけれど、それとはまた違う感触。バッハは空から降る音楽、ベートーベンは空へと上る音楽のような感じ。そういった意味では、バベルの塔は崩れてしまったけれど、そんな高い塔、「完璧性」のあるものなのかも。

今日はどっぷり音楽の話をしてしまいました。おしまい。

五月雨に思う

最近、シューベルトの作品をよく聴いています。

実はオケの曲は「未完成」も「グレート」もやったことがないんですが、室内楽の作りから感じるに、シューベルトは、やっぱりすごく繊細な人だったんじゃないかと思うのです。ピアノ五重奏曲の「鱒」や歌曲なども聴いてみると、すごく線が細い。強音は、その細い線がたくさん集まっている感じ。オクテットなどは下はコントラバスとファゴットから上はヴァイオリンまでいるのに、やっぱりそんな感じがします。

よい意味で、すごい神経質な人だったんじゃないかと。本棚に並んでいる本はシリーズものがよかったり、高さがそろっていないと嫌だったり。服はいつもパリッとしたもので、メガネにほこりが付いているのは大嫌い。なかなか最初はとっつきにくそうな様子がして、僕としてはどうしてなかなか、仲良くなれません。音程は練習すればいいとして、「美しく」「きれいに」弾くのは、とても難しい。

本に置き換えて考えてみると、チャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」かなぁ…。弦楽四重奏曲の「死と乙女」はちょっと個性が強すぎるけれど、オクテットに関してはやっぱりこれが合う気がする。本当はすごくやさしくて、でも上手くそれが外に出せない。自分がどう見られているかを精霊によって知る。そんなエンディングは、まさに第5楽章のフィナーレ。

明日は久しぶりに晴れるといいなぁー。

GWは演奏会へ

今日は久しぶりに演奏会に行ってきました。

東京文化会館で開催されていた「第78回読売新人演奏会」です。音大に進んだ友人から幸運にもチケットをいただいて、大学からバスに乗っていってきました。(そして今これは大学のパソコン室で書いています。)東京文化会館は、60定で使ったきり行ったことがなかったので、ほぼ2年ぶり。幸運にも1階席の真ん中で聴くことができました。

友人の演奏はすばらしかった。特に批評するような立場でもないし技量もないのだけれど、「音楽」をしている感じがホール全体に広がっていて本当によかった。拍手も大きかったし。充実した時間でした。本当にありがとう。

その他、印象に残ったのは、ティンパニ独奏(ウィリアム・クラフト/ティンパニとオーケストラのための協奏曲)。今回はピアノ伴奏でしたが、オケ版でもそんなにオケが鳴らすタイプの曲ではなさそう…あくまで主役はソリストとしてのティンパニ奏者。指まで使う多彩な音、見た目としての(これは個人的にはとても大事だと思います)かっこよさ、ティンパニ独奏は初めて見ましたが、ちょっとはまりそうです。職人的なかっこよさ。

演奏会全体としての難点を挙げるなら、奏者一人ひとりにスポットライトが当たりにくいこと、それからお客さんの態度がいま一つ&入れ替わりが激しいこと、会場については人それぞれの意見がありそうな感じ。東京文化はもちろんいいホールに分類されると思うんだけど…。

新人演奏会っていう性質上、たくさんの演奏者が出てくるのは当然だし、いろんな演奏が見られるっていう長所もあるんだけれど、あまりに多くて(そして1回の公演も長くて)ちょっとそれぞれにスポットライトが当たりにくいような気がする。音楽界の新しい人材をご紹介!っていう言わばショービジネス的なものなんだけれど、それならもう少し各個人をじっくり聴きたいかな、と。

どれくらいのお客さんが入っていたかわからないんだけれど、とにかく入れ替わりが激しい。忙しい中でも、知っている人の演奏だけは…!と会場に来る人もいるのは分かるんだけど、演奏者が舞台に上がってたら、もう歩き回るのはちょっと…。ホールのスタッフも適当に案内すればいいのにーと感じておりました。僕が舞台に立っていたら(そんなこたぁない)ナーバスになっているでしょうから、気になってしまいそう。チケットの値段をもう少し上げてもいいような気もするんだけど…。

最後は場所的なこと。東京文化でソロで弾いたことがないのでなんとも微妙だけれど、ちょっと演奏者との距離(精神的な)が遠いような…。たぶんこれは人それぞれなんだけど、独唱とかはもっと臨場感あるような場所で聴きたいなぁと僕は思ってしまうのです。王子とか紀尾井とか浜離宮(あ、ここは朝日じゃん)とか、大型ホールではない方が好みだったりします。室内楽までならそうだなー。(ティンパニは大きいハコの方がいいと思うけど)ノバホールくらいのサイズが個人的には限界かなぁ。

そんなこんなでつらつら書いてしまいました。ちゃんちゃん。

恐怖か、畏怖か

大学のパソコンから初投稿!勉強前のちょっとした息抜きに。

前の日記にブラームスいいねぇ!的なことを書きました。そのせいもあってか、ブラームスの音楽についてあれこれ考えを(勝手に)巡らせています。でも実は、個人的には交響曲は第1番しかやったことがないし、バイオリンの小品も有名なもの以外知らないし、唯一、他の人にはなかなかないと言えば、シェーンベルク編のピアノ四重奏曲第1番を先日やったことくらいでしょうか。

F.A.E.ソナタ(ちなみに古澤巌/高橋悠治が好き)やドイツ・レクイエムなどを聴いていても思うことは、ブラームスの音楽の中ってどこか「恐怖」のようなものが含まれている気がします。(だから聴きたいときと聴きたくないときの差がはっきりしているし、「聞く」ことが不可能であって、必ず「聴かせる」ものになっていると思います。)それじゃ、一体何に対する恐怖なのか。

ベートーベンでも恐怖心はある程度覚えるのですが、その切迫してくる(アジタート的な)感覚とブラームスの「恐怖心」はまたどこか違う気がする。ベートーベンの方が、なんとなく迫ってくるものが具体化されているのに対して(例えば「死」だとか「運命」とか「神」?とか…少なくとも言葉で表せるもの)、ブラームスはもっと漠然とした恐怖に近い感じがします。

だからこそ、例えばブラームスの第1番第4楽章、一番最後のコラールとかが印象に残るのかも知れない。雲の切れ目から光が、というタイプのものではなくて、背中にある恐怖から一種「解放」されたというタイプの印象の残り方。だから実は、(僕個人としては)ブラームスの第1番を演奏するのは、少し怖いのです。畏怖とでも言うのかな。(もちろん超名曲!お気に入りはケルテス/ウィーンフィル)ドイツ・レクイエムは題材が「レクイエム」でもあるし、音楽的な印象としては、その畏怖、という感触が特に強いかも。

だからどうした、と言われると難しいんですが、例えば、何百年も経った建物がそこに建っている、そのこと自体に対する畏怖に近いものを感じるのです。完全性と完璧を備えたからこその荘厳、とでも言いますか。そういう意味ではバッハに近いのかも。やっぱりブラームスのソナタ弾いてみたいなぁ。絶対苦労することになりそうですが。

さてさて、宿題がんばってやろうかな。おしまい。

ぐる、ぐるるる

テレビでは、有名な隈研吾さんが出演していらっしゃいます。

サントリー美術館やテレビCMで有名になった中国の「竹の家」を設計した方で、あんまり建築家は知らないけれど、それでも好きな建築家の一人です。しかもインタビューを受けている場所が「明日館」。ここは隈氏の作品ではありませんが、そのすっきりしたたたずまいと洗練さが好きな建物です。音楽的には、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲、という感じでしょうか。

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さて、最近の様子を表すとタイトルのような状況です。頭の中では政治学と法学と経済学と行政学と、それから紛争研究が渦巻いています。どうやら僕自身では水曜日に英語がくっついているようで、大学(あの時はEnglish Debateだった)と同じような生活サイクルです。でも、そんな時ほど、否、そんな時だからこそ音楽のことを考えてしまいます。

ちょっとやっぱり頭が疲れているせいか、最近はあまりどかーんがしゃーん系の曲はあまり聴いてないです。(でもその代わり、先日メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」を買ってしまいました。)やっぱりチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は素晴らしい。ついつい涙してしまう、世界に光が溢れているような作品。雲の切れ目から出ている一筋の光が、飛び散るように全体に広がっていくような印象。

ブラームスは、偉大な神の前にひれ伏しているような、旧約聖書のような世界観。冒頭のオーボエの旋律、不穏な空気が静かに落ち着いてから、突然落とされる正義の鉄槌のような音楽。やっぱりブラームス好きかも。

もちろん、いいのは協奏曲だけじゃない。F.A.E.ソナタ弾いてみたいなぁ。何よりも「熱い」そのブラームスらしさ(というのが何かは難しいけれど)。実はあまりブラームスの作品は弾いたことがないのです。でも楽譜買ったところで、ちょっとじっくり取り組む余裕はないなぁ。

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実は、一つオケを降りてしまいました。練習自体には参加できるんですが、個人的に持ち帰って弾くということが出来ないし、それではやはり「団体の熟成度」が問われるオケの演奏(僕はそう思っています)にとって、自分がそこに資することが出来ないと思ったので。しかも、てんやわんやの原因は本当に、学校だけ。他に予定はないのだけれど、心の余裕がないのが苦しい感じ。(だからブラームス聴きたいと思うんだろうか)

明日は金曜日。でもね、僕は土曜も授業があるのです。花金じゃない!でもそこはそれ。元気よく学校行こうと思います。

弓順のお話

今日は高校時代の友人と晩御飯@なか卯へ。がっつり食ってきました。

さてさて、がっつり食べたかったのは、今日一日オケの練習だったから。いやぁー一日楽器を弾くっていうのは疲れるねぇ。しかも曲が難しいので楽譜を凝視して、目が乾くのなんの。個人的に、和声的なことや、いわゆる楽典に属することはよく分りませんが、少なくとも楽譜どおりに弾けば、もう少しきれいなハーモニーになって、そしてすっきりした印象になる…はずと信じています。

オケで弾いていると悩みの種になるのが、いわゆる弓順。さらに細かい部分まで突き詰めれば(弾き方とかニュアンスとかフレーズとか)きりがないんですが、大別すれば、アップとダウンをどのように組み合わせて弾くか、ということ。(ここからは私見ですが)全ては「自然」(natural)に基づいていると思うので、不自然や無理のある動き、というのは極めて弾きにくいし、そもそも音楽的でない。

弾きにくいかどうか、というのは(これまで弓順を決めてきた立場として考えるに)千差万別であって、だいたいは同じだけれども、その差は本当に人それぞれだと思う。したがって、自分は弾きやすい(≠弾くことができる)場合でも、他の人にとっては弾きにくい場合だって生じる。それは「前回はこうだった」みたいな経験にもよるから、何とも言えない。

それでは、どうするか。それが個人的には「音楽的であるかどうか」だと思う。どういうわけか理由はわからないけれど、アップは「息を吸う」対するダウンは「息を吐く」ことに対応していて、これはとても納得ができる(でも何となく)。例えば4拍子を想像して、拍感という言葉が正しいのかどうかわからないけれど、その一拍目は、基本的に息を吐くからダウン…でいいのかな。

すなわち、アップだから出せる音、ダウンだから出せる音というのが存在するんだけれど、果たしてそれが一義的な弓順の決定につながっていんだろうか。個人的にはアップでもダウンでも差がなく音が出せることが大事だと思うのだけれど、その点のバランスをどうとるかが問題になる。ただ言えるのは、ダウンの連続だから音楽がとまったり、アップが入るからはしょってしまったりということ自体が技量に依拠するものであって、弓順の影響とはいいきれないんじゃないか、ということ。

そうなると、弾きやすいor弾きにくいっていう問題に戻ってくるんだけど。しっくりくるっていう感覚の差ともいうのかな。そうしたらこれって循環しちゃって結局結論でないんだよねぇ…。ま、弓順決めるのは難しいねってことで。

花束と拍手

音楽って本当にいい、オーケストラって本当に楽しいと思えた。

卒業記念演奏会、無事に大好評のうちに終演いたしました。60定以来、大学オケの定演には出ていなかったけれど、お祝いの言葉やたくさんの贈り物・花束もいただいて、聴きに来てくださった方だけでなくすべての方へ、本当にありがとうございました。

そして(昨日は打ち上げ始まってお酒をもう飲んでいたからあまりうまく言えなかったけれど)、一緒に演奏した同期、先輩方、後輩、本当にありがとうございました。心から、感謝しています。演奏者をお客様よりも深い意味を持って書くのは、本当はよくないことなのかも知れないけれど、今回だけはお許し下さい。

本当に、本当に楽しい時間でした。大きなエネルギーの塊がホールの中を駆け巡った。60定の時、東京文化会館でもらった拍手も嬉しかった。でも、昨日の曲が終わった瞬間の拍手は、もうこれまでで一番嬉しい拍手でした。思わず、舞台の上で泣きそうになってしまった。

マイナーな曲だからと、普段の定演にはないような曲目解説を書きました。音楽は結局は聴かなきゃわからないものだけれど、どうにかしてそのよさを伝えたい。アンケートを見る限り、そちらも好評で本当に嬉しかったです。人生で最後になるかも知れないノバホールでの演奏会。そのしめくくりが、昨日の卒業記念演奏会で本当によかった。

これで気持ちよく一つの区切りが出来ました。ありがとうございました。

天上に響く

昨日は、バイオリンコンサートでした。結局ばたばたしていてブログでの宣伝ができませんでしたが…。

さて、出演したのは2団体。

一つは同期との演奏。編曲は同じ大学オケの先輩。ファーストの表がとても難しかったとは言うものの、時間を割いて編曲してくださってありがとうございました。大学オケの同期、最後のバイオリンコンサートでいい「一区切り」をつけることができました。あとは卒業記念演奏会!がんばりましょう!

もう一つは、どういうわけか上級生を差し置いてトリになってしまった自分のソロ。曲目はサンサーンスの傑作「序奏とロンド・カプリチオーソ」。バイオリンの鬼才サラサーテへ献呈されただけあって、技巧派の難しい曲ではなりましたが、その合間に見せるフランス的(サンサーンス的)なにくい演出。やっぱり大好きな曲でありました。これまでのお蔵入りを脱して演奏できてよかった。

伴奏してくれたK君。本当にありがとう。感謝しています。一緒にあの演奏ができて、本当に幸せでした。また、おおむね、好評をいただけたのでよかったです。でも、やっぱりパーフェクトに演奏するというのは難しい。練習では一度も間違えなかったところをどうしても本番ではミスしてしまう(今回も含めて)。まだまだ練習が足りないんだろうね。全体の音楽だけでなく、録音を聴いても、そして一部分だけをとったとしてもパーフェクトな演奏がしたい。その道はまだまだ長いようです。

音楽とは、その人となり(演奏者だけでなく作曲者も含めて)がどうしてもにじみ出るものだと思います。そして「情」とでも言うか、人間の奥底の、とても深い部分にあって、その人を形作っている部分が垣間見える。個人的には、特にどの宗教に傾倒しているわけでもありませんが、やっぱり神様というか、天上というか、そんなものに一番近いもの、それが音楽だと思うのです。

ただ「美しく」演奏できたら、どんなにいいことか。もっともっと練習しようと思います。

アンサンブルの妙

先日のトランペットソロコンサートの話。

アンケートの数は少なかったけれど、話をした人には「よかったよ」「どきどきしたよ」と言われ、大好評に終わったサンサーンス。一緒に共演した人、お客さんにも本当に感謝です。ありがとう。

今回は弦5部+ピアノ+トランペットという不思議な編成(曲的にはトランペットが最も先にくるべき)だったので、今までのアンサンブルとは少し違った体験ができたことは事実。管楽器とも合わせるのは、やっぱり楽しい?♪もちろん弦トリオやカルテットも大好きなんだけれど。何だろう、また違う楽しみがあるという感じなのかな。

でもね、やっぱり同時にまだまだ自分は未熟だなぁと。努力も練習も、それから音楽に対する信念も甘い。本当に上手い人は(プロが上手いのは当然なんだけど、そうではなくて考えるだけでも何人もいる)他の人の力を引き出すというか、他の人も巻き込む魅力がある(音的にも音楽的にも、そして人的にも)と思う。その域には、まだまだ当分達しないなぁと。大学院に行ってきっと練習時間も減ってしまう(いやだけど)けれど、そこは今この年齢だからこそ、まだまだ追求したいと思うのです。

そこにまた「アンサンブルの妙」があって、自分自身が台風の目になれるような(他の人を振り回すわけでは決してない)、そんな存在になりたいなぁ。とりあえず、3月中のオケの本番!室内楽の本番!はまだまだあるから、じっくり追求していきたいと感じました。

昨日飲んだのが少し残っているような、そうでないような感覚。金曜の午後でありましたとさ。

「コンチェルト」考

さっきメールを開いたら、先生からのメールがあって心臓が止まりそうになりました。あぁ…

新春の「のだめ」もあったことだし、音楽のカテゴリーも過疎化していたので、今日は普段とは違う日記を書こうかと。分かる人には分かるけど、分からない人にはさーっぱり分からない、要は「ヲタク」(?)的な日記かも。

のだめの中で、千秋くんが受けた指揮者コンクールの協奏曲はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲でした。モダンなコンチェルトと言えば、いろいろあると思うんだけれど、その中でどれが好き?(自分が弾いていいよ…なーんて言われるわけないけど)と言われれば、だいぶ返答に迷いますが、平常心なら間違いなく最終的な回答はチャイコフスキー。

旋律が思いつく、ちょっと編成の大きめな協奏曲を挙げてみると、チャイコフスキー、ブラームス、メンデルスゾーン、それからベートーベン。他にはラロ(協奏曲じゃないけど)、ブルッフ、ヴュータン、ヴィニアフスキーなどなど。ちなみにラロはのだめの中でジャンが引いた「どすーん、がしゃーん」っていう曲ですね。華やかだけど、明るいっていうよりかは、「スペインの血が騒ぐぜ」タイプかも。

ブルッフ以下は、さすがヴァイオリン弾きが書いただけあって、派手で演奏効果も高いし、その意味ではウケがいい曲。もちろんだからって簡単なわけでは決してないんだけれど…。こういうのさらっと弾けるとかっこいいんだけどなぁ。あ、ちょっと性格が違うけれど、実はベルクのヴァイオリン協奏曲《ある天使の思い出に》も好き。

チャイコフスキーは叙情的というか、感情が溢れ出ているようなタイプ。どこをとっても旋律は美しいし、それでいてロシア的な部分もある。記憶にあるうちで、旋律を聴いて初めて涙が出たのもこの曲。そして高3最後の発表会で弾いたのもこれ。オケでやる主題は、何回聴いても涙が出る。

ブラームスは難しい。弾いたことないけれど、技術は相当難しいものを要求しているし、何より難しいのはその精神性(詳しく言えば、人間の中にある精神性)。精神性と書くとソナタも同じようにカテゴライズされそうだけど、決してそうではなくて、協奏曲の場合はバッハと似たような印象を受けるかな。ソナタはとても俗世的(もちろん哲学的であるけれど)な感じ。冒頭部の明るい旋律から、突然、正義の鉄槌みたいなものが落とされる部分なんかは特にそれを感じます。あ、意味不明かも…。

メンデルスゾーンは(個人的には一番好きなホ短調)、流麗だけれど、少し憂いというか彼の中の陰りのようなものが見える。ベートーベンの運命とはまた違うけれど、そういう哀愁を、第三楽章の最後(インター版の譜面では最後のページ)で、輝かしさをもって圧倒する。音にいろが着くとすれば金色がぱっと散る感じ。ちなみに、チャイコフスキーはシルクみたいな金色が豊かに流れている感じ。

そして、ベートーベン。先にあげた作品の中で、もっとも哲学的。その構造はシンプルなんだけれど、要所は押さえつつ、なおかつ無駄がない。第三楽章の転調していく部分はすごい。これは金字塔になるわ、という感じ。時代も時代だけれど、ブラームス以上に精神(ここでは神との関係における精神性のような)的な要素を感じるかな。きっとあと20年経って聴けば、また違う印象になるんでしょう。

あぁ、こういうことはつらつら書けるのになぁ。論文とは難しい…。

オーケストラは素敵だ!

まずは宣伝!いよいよ今週はバイオリンコンサートです!

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筑波大学管弦楽団バイオリンコンサート #1

日時: 2007年11月29日(木) 17時半開場、18時開演
場所: アルスホール(つくば市立図書館2階)
出演: モーツァルト/弦楽四重奏曲第14番

入場無料です。みなさまのご来場をお待ちしております。


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昨日はわれらが卒業演奏会の初合奏でした。やっぱりオーケストラって楽しいー!実は何人か「初めまして」の1年生もいたんですが、がんがん吹いてくれるし、本当に感謝感謝です。両方とも難しい曲なんだけれど、それだけ楽しいし、スリルがある!そんなわくわくどきどき感が伝わる演奏にしたいなぁ☆

今回のプログラムはいわゆるキワモノで、構成も、内容も例年の卒業演奏会とは少し違う感じ。僕は強くコミットしているわけではないんだけれど、運営面でもいくつか大きな変更もあることだし…。次回の合奏までにパート練習もしたいし、できればセクションでも合わせたいし。

やりたことは山盛りです。とりあえず今日で2学期も終了。ゆっくり休んでまた明日から駆け抜けます!

日常には涙が出る

今日も卒論を書きに、こんな時間でも学校にいます。外は寒い寒い…。

何となく思いつきの話もたまにはいいかな、と。僕はオケには所属していますが、別にクラシック一本!というわけではないのです。楽器はバイオリンしか弾けないけど、基本的に聴くものは雑食で、J-popから洋楽まで(JAZZはあまり聴かないかな。でもたまにうちでかかってる)何でもOK。その時の気分でCDを入れ替えます。

でも、やっぱり泣ける歌(ちなみに、これは僕基準)が好き。ミスチルだったら「空風の帰り道」とか、奥華子さんだったら「帰っておいで」とか、KOKIAの「ありがとう」も涙が出るなぁ。でも、そんな歌の詞に注目してみると、結構言っていることは単純だったり、他愛のない話だったりする。

もちろん、旋律もすごく印象的なんだけど、そこに注目するんだったら、個人的にはむしろm-floとかをチョイスする。他にも、洋楽のバンドは結構リズムも凝っていたりするし。でも、やっぱり一番かかっているのは泣ける歌なんだよね。法則性はないんだけれど…。

たいていはテレビの話だったり、今日の仕事の話だったり、結構自分が普段していることに近かったりする。だからこそ共感できるのかも知れないけれど、少なくとも思うのは「日常には涙が出る」ってこと。卒論やら何やらを抱えていると、それで頭が一杯になってしまって、外の景色や誰かとの会話もあまり印象に残らない。

でも、泣ける歌の多くは日常の中なんだよね。だとすれば、普段の生活をちょっと違う視点から見て、適切な言葉に落としてみる。そうすると、こんなにも素敵なものなんだなって思う。「何気ない言葉」というのが、ある意味一番印象的なのかも知れません。

こんな感覚を、自分のバイオリンならどうやって出せるんだろう。そんなことを考えます。
さ、卒論がんばろっかな。
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